今、復元建築工事を進めている篠山城跡大書院の上段の間、次の間の障壁画が決まりました。 大書院開設準備委員会の答申に基づき、大書院が造営された江戸時代初期の屏風画を転用することで、小委員会で協議が重ねられた結果、上段の間大床は「老松岩流水図」(写真)、違棚壁面は「山鳥松竹梅図」、天袋小襖「草花図」、帳台構えは「牡丹図」となり、次の間の襖には「籬に菊図 」が用いられます。 これらの屏風画は全て江戸時代初期の狩野派の作品で壁面や襖に熟練の表具師によって加工され、2000年春には、大書院造営当初のようによみがえります。 このように本物の屏風画を転用した障壁画の復元は全国初のことで、大変豪華になります。特に大書院上段の間は、この建物の中でも重要な部屋であり、藩の公式行事や接客の場として用いられたといわれています。 また、このような御殿造りの上段の間をはじめ、重要な部屋の障壁画は花鳥画が描かれ、時計回りの方向に春、夏、秋、冬と季節が変わっていくのが通例だといわれています。 篠山城大書院は、全国の城の武家風書院造り御殿の中でも比較的古い方に属し、障壁画が完全に残されている京都二条城二の丸御殿群が寛永元年(1624)からの造営であり、篠山城大書院はそれよりさかのぼること十五年前となります。 建物とともに障壁画の復元はさらに篠山城に付加価値を与えてくれることでしょう。 |